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最高裁判所第一小法廷 昭和62年(行ツ)140号 判決

アメリカ合衆国ニュージャージー州キネロン

上告人

ファンドリー・エンジニアーズ・インコーポレーテッド

右代表者

ノルベルト・キューバス・ダ・シルバ

右訴訟代理人弁護士

中川康生

同弁理士

森田哲二

静岡県磐田郡豊田町赤池三二番地

被上告人

有限会社日本サブランスプローブエンジニアリング

右代表者代表取締役

平岡秀孝

右訴訟代理人弁護士

飯田秀郷

同弁理士

飯田幸郷

右当事者間の東京高等裁判所昭和五九年(行ケ)第一三八号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六二年六月一〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中川康生、同森田哲二の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平)

(昭和六二年(行ツ)第一四〇号 上告人 フアンドリー・エンジニアーズ・インコーポレーテツド)

上告代理人中川康生、同森田哲二の上告理由

一 原審判決は、行政事件訴訟法第七条により適用される民事訴訟法第二五七条の規定に違背し、右法令の違背は判決に影響を及ぼすことは明らかである。

被上告人は、特許庁における無効審判手続において、「本件特許発明は、その優先権主張日前に国内に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないものである。(甲第一号証三丁三行目~七行目)と主張し、これを根拠づける出願前頒布された公知刊行物として「『鋳物』一九五八年一二月号(第九四七~九五三頁)(甲第五号証)・『鋳物』昭和三〇年一二月号(第八一三~八二一頁)(甲第六号証)および『鋳物』昭和三二年七月号(第四九〇~四九九頁)(甲第七号証)」(甲第一号証八丁裏四行目~八行目)を提示したが、これに対し審決は、「過共晶鋳鉄にテルル等の安定剤を添加して、その冷却曲線に最初の熱停止を発現させることは、甲第五~七号証刊行物のいずれにも記載されていない。」(甲第一号証九丁裏二行目~五行目)とした上、「『過共晶であろうと思われる鋳鉄』が本件特許発明の実施の結果、亜共晶鋳鉄であることが判明した場合と、甲第六、七号証刊行物に記載のものとは、その構成においては差がないので、両者は一見同一発明であるかにみえるが、甲第六、七号証刊行物に記載のものは、最初の熱停止を過共晶鋳鉄においても発現させることを目的とするものでなく、一回の試験で、必ず熱停止付の冷却曲線が得られる、という効果を奏し得ないものであって、本件特許発明と目的、効果において相違し、ただ、本件特許発明が包含するところの、結果的に亜共晶鋳鉄であるものが、その構成のみにおいて、偶然一致するにすぎないものであるから、両者を同一発明ということはできない.」(甲第一号証九丁裏六行目~一九行目)と認定し、さらに「過共晶鋳鉄に対しても安定剤の添加により、その冷却曲線に最初の熱停止を発現させることが、甲第五~七号証刊行物に記載の事項から容易に推考できたことか否かについて判断する。」(甲第一号証九丁裏下から一行目~一〇丁四行目)として「この判断の資料となるのは、・・・両事項を結び付けて、冷却曲線上に最初の熱停止を発現させ得る範囲を、過共晶鋳鉄にまで拡大することが、容易に推考できるものとは云えない.」(甲第一号証一〇丁四行目~一七行目)旨認定した.

被上告人は(原審原告)は、昭和五九年一二月一八日付準備書面(一)「審決書に対する認否第七項」において「同理由記載の第五の無効理由に対する判断については、本訴における甲第一四、第一五号証(甲第六、第七号証)に関する発明の同一性に対する判断を除き争わない.右発明の同一性に対する判断は争う.」旨の陳述をなし、前記特許庁の審決における「『過共晶であろうと思われる鋳鉄』が亜共晶鋳鉄であることが判明した場合」につき、甲第六号証および甲第七号証の公知刊行物に記載のものと同一発明であるとする審決の認定については争うが、その余の審決の認定、すなわち、「過共晶鋳鉄に安定剤を添加することによりその冷却曲線に最初の熱停止を発現させることが甲第五号証~甲第七号証の刊行物から容易に推考し得ない」との審決の認定については争わない、旨の陳述をなした.

しかるに、原審判決は、原審において当事者間に争いのない後者の点について、前記公知刊行物である引用例との関係において被上告人の前記陳述とは逆の認定、すなわち「第二引用例の方法においても本件発明の安定剤の一つであるテルルを最初から添加しているのであるから、もし試料中に過共晶鋳鉄があつたとしても必ず最初の熱停止が発現しえた」旨の認定をなしたものであり、右認定は、審決取消訴訟手続に適用せられる行政事件訴訟法第七条により適用されることになる民事訴訟法第二五七条の規定に違反し、訴訟審理の範囲を逸脱するものであり、右判示部分は、行政事件訴訟法第三三条一項により特許庁を拘束するものであるが故に、原審における右訴訟手続の違背は、原審判決による特許庁の拘束を通じ、間接に原審判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである.

二 原審判決は、事実認定についての技術上の経験法則に違反し、右違反は判決に影響を及ぼすことは明らかである.

原審判決の理由中における、第二引用例である「『鋳鉄の凝固過程に及ぼすテルル、セレンの影響』と題する研究論文」につき、その論文中の「右各試料のうち、Te-7、Te-29、Te-88は過共晶であろうと思われる鋳鉄であって結果的に(分析により)亜共晶鋳鉄であることが判明したものに該当する」ものが記載せられており、したがって、「第二引用例には、その実験を行うに当たり、過共晶鋳鉄であろうと思われる鋳鉄であって結果的に(分析により)亜共晶鋳鉄であることが判明したものを対象とし、右対象鋳鉄がほとんど冷却し始めないうちに安定剤としてテルルを湯の中に添加し、右対象鋳鉄が湯の状態から固体状態まで冷却する間の冷却曲線を得る方法がとられたことが開示されていることが明らかである」とし、また、右第二引用例の第3図には、「Fe-C-Si(二%)-Te系の四つの冷却曲線においてはいずれも一二一〇度C附近に、Fe-C-Te系の四つの冷却曲線においてはいずれも一一七〇度C附近に、最初の熱停止が発現していることが明らかであ・・・」り、「第二引用例には、前示冷却曲線に最初の熱停止が発現したことが開示されていると認めることができる」旨判示している.

原審判決さらに、右「第二引用例に開示されている方法と本件発明に包含されている請求の原因四1掲記の発明、すなわち、『分析に先立ってあらかじめ亜共晶であることが判明していない亜共晶鋳鉄』とを対比すると、両者がその構成において同一であることは明らかであるから、両者は同一発明であるといわなければならない」とし、「審決は、右構成が同一であることを認めながら、第二引用例二記載のものは、最初の熱停止を過共晶鋳鉄においても発現させることを目的とするものではなく、一回の試験で必ず熱停止付の冷却曲線が得られるという効果を奏しなえいものであって、本件発明と目的、効果において相違することを理由に、第二引用例の方法と本件発明を同一発明ということはできない旨述べている(前示審決の理由の要点3).しかしながら、発明の目的は発明者の主観的意図にすぎないから、仮に第二引用例に最初の熱停止を過共晶鋳鉄においても発現させることが記載されていなくても、構成がすべて同一の第二引用例の方法と本件発明に包含される前記発明とを同一のものでないとする理由にならないことは明らかである.また、構成が同一であれば同一の作用効果を奏することは当然である」としている。

原審判決の事実摘示の項における上告人(原審被告)の主張にもある如く、「過共晶鋳鉄の湯の冷却過程における冷却曲線においては、従来の技術では最初の熱停止を発現することができなかったところ、本件発明は、テルル等の安定剤の添加により黒鉛の遊離化を阻害し、よって過共晶鋳鉄熔湯の冷却曲線においても最初の熱停止を発現させうることを解明した」点にある.すなわち、本件発明の技術的課題は、過共晶鋳鉄についても、その過共晶鋳鉄熔湯の冷却曲線に最初の熱停止を発現させることを技術的課題とし、その解決方法としてテルル等の安定剤を添加した点に存するのである.しかるに、原審判決も認めているように第二引用例の開示内容は、過共晶鋳鉄を対象とするものではなく、(結果的に)亜共晶鋳鉄を対象としてこれにテルルを添加した結果、最初の熱停止が発現したことが開示されているにすぎないものであり、本件発明の前記課題と解決方法の開示は皆無である上に、第二引用例には、原審判決摘示の第2図には、テルルが0%、すなわち、テルルが添加されない場合の冷却曲線についても最初の熱停止が発現しており、したがって、第二引用例からは、実験の対象とされていない過共晶鋳鉄についてはもちろんのこと、亜共晶鋳鉄についてもテルルの添加によるその冷却曲線上の最初の熱停止の発現についての影響に関する開示は、皆無と言わなければならない.(添付資料一)原審判決は、第二引用例が単に実験開始前において、過共晶であろうとされたもの―真実は、亜共晶鋳鉄であったもの―にテルルを添加したとの一事を以って、当該テルルの添加が、過共晶鋳鉄についても、その冷却曲線上の最初の熱停止の発現に影響を及ぼすものであるとの推論をなしたものであり、右推論が、本件特許発明の出願時における鋳鉄合金の技術分野における技術上の経験法則に著るしく反することは明らかである.(添付資料一)

三 原審判決は、特許法第二九条一項三号の解釈を誤り、右法令の解釈の誤りは判決に影響を及ぼすことは明らかである。

特許法第二九条一項三号は、「特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明」は、特許要件である新規性を有しないものとして特許を受けることができない旨の規定を設けている。右「・・刊行物に記載された発明」の開示として要求せられる程度は、「公知刊行物に、単に付随的に記載されているにすぎない事柄、実験への示唆を与えるにすぎないものとして記載せられている事柄、または、発明の解決思想の開示の無い単なる暗示として記載せられているにすぎない事柄は、新規性を否定する根拠にはならない」(添付資料二)と解せられるのであり、これを右第二引用例の開示内容につき考察すれば、本件発明が意図する技術的課題である過共晶鋳鉄熔湯の冷却曲線に最初の熱停止を発現させるということ、ならびに、その解決方法としてテルル等の安定剤を添加することの二点について、右第二引用例には何らの技術的開示が存在せず、単に実験開始前において過共晶であろうとされたもの(その後の分析結果により真実は亜共晶であったもの)にテルルを添加し、その結果、最初の熱停止が冷却曲線図上に発現しているにすぎないものであり、本件発明の右の如き技術的課題およびその解決方法としての解決思想は何等開示せられていないものであり、第二引用例の右の程度の開示―特許要件である新規性の判断基準よりすれば、何らの開示も存しないと法的に評価し得る―を以って、本件発明が新規性を有しないとする原審判決の認定は、新規性を阻害する刊行物の開示は、当該発明の解決思想の開示を要するとする特許法上の特許要件である新規性概念の解釈をも誤るものと言うべきである.また、「発明の目的は発明者の主観的意図にすぎないから、仮に第二引用例に最初の熱停止を過共晶鋳鉄においても発現させることが記載されていなくても、構成がすべて同一の第二引用例の方法と本件発明に包含される前記発明とを同一のものでないとする理由にならない」との認定は、発明が課題とその解決方法から構成せられるものであることを看過するものであり、特許法上の発明概念の解釈ひいては特許要件の解釈を、誤るものであると言うべきである.

以上

(添付書類省略)

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